昭和44年9月1日 月例祭
 暑いからと言うて、涼しい木陰で、薄いかたびらを着て、歌を歌ったりしておりましたセミの末路がどのようなものかと。どんなに暑かろうが炎天の中を、せっせと冬ごもりのために、えさを(??)、または集めておったアリが、これからまた安楽の生活に入っていく。寒くなっていく。
 あたくし、信心とは、そういうような、あたくしは、おかげを頂く、たようなものだと思う。ね。楽をしよう、楽がしたいから信心するのじゃない。
 ええ、さきほど前講を勤めました正義先生が、話しておりましたがね。ええ、昨日、それからおととい、二日間、信心実習、一夜信心実習会が、久留米の櫛原、久留米教会でございました。中で、ええ、最後に平田さんのお話を聞かせてもろうて、たった一言だけれども、「信心は苦労なり」と言われた。その、「信心は苦労だ」と言うのが、正義先生の心の中に、もうそれこそ千万銀の重みで入っていった、と。「そうだ」と、合点がいった、というのであります。
 ほんとにあたくし、合楽から15名、ここの中心になる人達だけがまいりましたが、もう正義さんが、それ一つおかげ頂いてきとりゃ、他の者はだあれも頂いとらんでもよいというくらいにある、とわたし、思いますですねえ。
 「信心とは苦労なり」と。もう、これはもちろん、極言でございましょう。苦労したくないから信心しておるという、のが、ねえ、おかげを頂くから信心をしておるということにつながるわけです。
 そこでその例えば、信心の苦労というのは、どういうようなことだろうか。ま、いろいろ、そういうところが研修されるわけでございます。
 竹内さんのお話の中にも、最近の親先生のお話はもう、雲の上の人のような話である。もう自分達は手が届かない。と、聞いておった間は、あたくしは、楽をしたいという信心だったと、言わにゃしかたがない。先生が話される事は、もう一から十まで、お徳を受けるという話なのだから。ね。それもです、その気になれば誰でもできるように、みやすう教えて頂くということ。合楽では、ね。
 ですからお互いがね、そに気にならなきゃあ、何にもできゃしません。その気にならせて頂くところから、信心の苦労がまた、楽しゅうなってくる。有り難うなってくる。ね。
 あたくしは今日、4時の御祈念を奉仕しますから、3時半頃ここへ出てまいりますと、そしたらちょうど新聞がまいっておりました。お道の新聞なんです。
 それ、見るともなし、ちょっと見せて頂いておりましたら、そこに、あの、盛岡教会の、ええ、藤井彦五郎(?)という先生のお話が、そのお弟子さんによって書かれておる記事が目に止まりました。
 もう八十何歳、お道の長老として、たいへんお徳を受けられた方であります。その方が亡くなられた。その方を偲んで、まあ、書いておられるわけでございますけれども、その、おお、藤井先生が、布教当時、書いておられる日記の一節が出ておりました。
 それにはあたくし、思わずそこのところを書き留めてみました。
 「盛岡教会長、藤井彦五郎(?)先生の、布教当時の日記に、『米も炭も尽きたれば、せんもちと大根にて凌ぐことにする。夕方より下痢』」とある」。ね。「米も炭も尽きたれば、せんもちと大根にて凌ぐ、凌ぐことにする。夕方より下痢」と。ね。次には、「『食を絶つ事 、今日で四日』とある」。食を絶つ事、今日で四日。もう食べないで、今日四日間過ごしたと。布教当時の、凄まじいまでのご修行が書いて(?)あります。ね。
 「米も墨も尽きたれば、せんもちと大根にて凌ぐ」。せんもちというのは、あたくしは、小さく切ったもちのことだと、おかがみさんなんかを切っておいて、それを御神米がわりに頂きますがね、みんな。ね。そのわずかばかりのもちを、おかがみをですね、切って、それと大根で過ごす、と書いちゃる。それを読ませて頂きよったら、もう、感動してまいりましてからね。もうどうにもできん感動が湧いてきた。もうあつい、ご祈念も、もうただ有り難涙で、(???)をして頂くようなご祈念であった。
 ちょうど参ってきたら、久留米の、う、うん、石井かおるさんが、月次祭のお供えを持ってお参りして来た。そんであたしは、その感激を、話したんです。どうだろうかねえ、かおるさん、ほんとにこれほど信心するのに、ねえ、米もなからなきゃ、炭もない。いや、もう、四日も食べないような事が続いたと。こげな事、ごたるなら、いかに生きた神様でも、もう、辛抱でけん、あたしはもうあなたを拝みませんよと言うてです、ねえ、ご信心を絶っておったら、やめておったら、どういうことになっておったであろうか。ね。
 あたくしは、今日、正義先生が話しております、信心の苦労とは、そのように尊いものだと、あたしは思います。ね。だから、信心すりゃあね、自分のよかごと、思い通りになるといったようなことではないということ、信心とは。ね。
 同時にやはり、通るとこ通らせて頂いておるということが有り難い。う、うん(咳払い)。ね。そこでわたくしは、信心の苦労ということをです、ね。わたくしはこういう言葉で、いつも皆さんにお話しておるのです。
 苦労を、ああ、「楽をせんぞという気になれ」というのです。ね。「楽はせんぞという気になれ。楽はさせて頂くのぞ」と。これは、小倉の、うう、富永さんが頂かれた御理解でした。あちらへ参りますと、そのあたくしが、こくらいばっかり小さく書いてあげたそれが、ああっとその拝まれるようなところに、あの、こう、飾ってございます。ね。
 これは、どういうことかというとね、そこから信心の苦労の尊さ、言うならば、信心の厳しさ、または、苦しさ、けれども、ね、そこを通らせて頂く事が、またこよなく有り難いんだと、分からせて頂くところまでね、お互いが信心をしなければいけない。そこまで極めていかなければ、信心の値打ちはない。ね。
 けれどもね、これはあたくしが知っておる限りの信心、(?)お道の信奉者であります方達のほとんどがね、金光様の信心を頂いて、お導きを頂いて、そしておかげを受けた。ね。そして、おかげが段々受けられなくなってきたら、信心を止めたという人がどのくらい多いか分からない。ね。お徳を頂いた先生のところで、たくさんの信者ができ、例えば久留米あたりでも、御本部に千人参りといったようなお参りがあった時代があったんです。 わたくし昨日、秋永先生から聞かせて頂いたんですけれども、櫛原の教会であったんです、ところが結局、合楽教会からが一番多数だった。あら、久留米教会とか、甘木教会なんかというのは、まあだここの何十倍も大きい教会なのに。いわゆる大きい看板を持っておられる教会なんです。それが、合楽教会の方が人数が多かった。しかも見えておるのは、まあ、おじいさんおばあさんばっかりだとこう言う。合楽は、まあ、三十五から、四十四、五歳ぐらいの、いゆる菊栄会の人達が中心で、そうでなか人達がまいりましたから、その若い人ばっかりだ。みんなが楽な格好で、開襟シャツで、ここまでの、それこそかたびらのようなものを着てからお話を頂いておられるのに、合楽の者だけは、ころっと、ちゃっと背広を着てから、こうやってお話を頂いとる。はあ、あそこに合楽が来とるということがすぐ分かるような、であった。
 そのような中からですね、あたくしは生きた信心の楽しみというか、信心の苦労というものをまた、有り難いと分かっていきよる信心の姿だと、こう思うた。クーラーも入っていない、広いお広前でいっぱいの中に、背広着てから、ちょっとこんなんしてから、お参りしてるんですからね。また、お話を頂いてるんですから。ね。
  そのようなです、例えば、なら、甘木にしろ、久留米にしろ、そうですけれども、うん、その、久留米からのいろんなお話が、まあ、お世話に見えると、まあ、久留米の信心は、まあ、あれぐらいじゃろう、ちゅう。ほんで、久留米から夜行を出して下さいちゅっても、あちらの総代さんが言われる。「実は、私どもにはもう、これよりおらんとですよ」ち、いわっしゃった。ねえ。
 つい、なん、なん、一、二十年前まではです、ね、久留米から千人参りがです、御本部へ特別仕立ての列車をもってお参りをさせて頂くほどしの、ごひれいを頂いておられた。また、あたくしども知っとる限りでも、それこそ素晴らしいおかげを受けておられた方達は、たくさん知っておる。知っておるけれども、その方達が、影も(???)も無くなっておるということはどういうことかと。おかげに酔うておったと言う外に無い。ね。
 それこそあたくしが、開口一番に申しましたように、ね、涼しい所で、なにが、その、セミがちいちい言うて、その、鳴いておるのか、さえずっておるのか知らんけれど、歌って、歌ども歌って、とにかくもう一生懸命働いておるアリなんか、馬鹿んごと見えたに違いは無い。
 お徳を受けた先生の所でお参りをすりゃあ、おかげを頂く。お願いをすりゃあ、おかげを頂く。ね。そういう例えば、御利益御利益から、ね、御利益を追い求めておるような信心は、その末路たるや、あわれなものである。何十年信心は続けておってもです、それこそ昔の夢もう一度であって、あの時分にあげなおかげを頂いたけん、もういっぺん頂こうで、いくらおかげをおかげを言うたところで、もうそこには、おかげのからもない。
 そこでお広前が閑散となる。ということに、なるのじゃないでしょうか。ね。そこでわたくしはです、ね、初代、先輩、先覚先生方が辿られた道をです、ね、信心だけは頂きたい。ねえ。
 そしてです、それで、例えば失敗に終わったところは、またわたくしどもが失敗をくりかえしてはならないというのがです、これはもうあたくしは、だから、一から十までおかげの話をせずに、信心のお話をする、お徳を受ける話をする。
 それを楽をしたい、ね、も少し楽になりたい。ね。おかげからおかげを追うておる時には、正義さんじゃないけれども、親先生の話は、もう雲の上のような話だ、になってしまう。このたび、信心の共励を受けておる間に、ね、信心の巧者の方達のお話を頂いて、いろいろと分からして頂いた中に、信心は苦労なりということを、これは、平田さんの信心の生粋のものだろうとあたしは思うです。その言葉がです、心を捉えた。これからは、いわば信心の心を入れ替えて、ということでありました。お話が、先ほどの。
 素晴らしいことを分かってきた。一日二日無駄にしたようなことじゃなかったなあ、と思うのでございます。ねえ。
 その信心の、苦労をね、させて頂くと、そこには神様がです、ね、力を受けよ、力を受けよと。
 今日わたくし、申しはしませんでしたけれども、むつやの石井信司君の弟が、ああ、ま、柔道の選手、ですから。大学の、何とか大学でしたね、うん。その、ま、柔道で入学のおかげを頂いて、まあ、一生懸命やっておるわけです。ところが、もうちょいちょいこの人は、それこそもうやさしいんです。もう、身体は、もう、こう、仁王さんのごとしとるですけれども、それこそ桃太郎さんのごたるち、あたしが言いよる。気はやさしくて力持ち。やさしい男です。ねえ。
 今日、いよいよ東京に立たせてもらうから、今日、お礼、兄弟で出て参りました。ね。だからあたくしが、(咳払い)、健二君、今はね、あんた方が、あの、華やかなおかげを頂こうとども思いなさんな。ね、今はまだ、修行の真最中なんだから、もう修行一つに打ち込んでいきゃあいいのだ、と。というのは、この、扇子をこういう形で、向こうへ、ぱっとこう投げるところを頂いた。ね。だから、ロケットのような形で、その扇子がすっと向こうへ行くところを頂いた。ね。まだこれを、開くようなおかげには、ならんでもいいんだと。これで、ね、肝心要のところをしっかりして、これで今、修行していく以外にないんだぞ、と。負けるとか勝つとかは、問題じゃない。もう修行だ修行だ、一生懸命修行させて頂くという時だと、まあ、申しましたことでございますけれどもです。ね。
 例えば、難儀がある。お参りしとったちゃ、こげんなことが起こった。お参りしとったばってん、思うごと、聞いちゃ下さらなかった。と言うて、止めたら、どういうことになるだろう。
 この藤井彦五郎先生のお話の中からです、ね、その苦労も、このような深刻な、ね。米も炭も切れた。今日は、せんもちと大根で過ごしたという。日記に記してある。もう今日で食べないこと四日になる。食を絶って四日になる。ね。お参りがない。お供えがない。、持って来た物はもう食べ尽くした。ね。
 そこからね、現在の盛岡教会のごひれいがある。お道の長老とまで、資格、格を頂かれるほどしの、高徳なおかげを受けられた。ねえ。信心はねえ、わたくしは、信心のそこんところを一つ皆さんが、分かる、信心の例えば、修行と、修行もかつがつ、おかげもかつがつ、ちゅうごたるこっちゃいかん。ね。
 もうほんとに修行一途に、ね、進めていけば、ね、、必ずおかげを受けられる。
 今朝の御理解の中にも、神を売って、その、食うものがある、と。神を商法にしてはならぬといったような御理解が、これはお道の教師に対する御理解だと、こう思うです。ねえ。例えば、お守りさん札が、二百円なつと三百円なつと、五百円なつとあります、ちゅうごつなったら、もうあたくしは宗教はもうおしまいだと思う。ねえ。これだけに式をしてあげたら何千円、と、例えば、もう、もう、式を売るようなもの。ね。此の方は、銭金では拝まんとおっしゃる。ね。
 あたくし、そういうようなね,ところを、その、まあ、教えておられる、と思うんですけれども、それをもうちっと深めてみるとですね、あたくしは、親先生を売りものにしておるようなことはなかろうか、ね。二代が、三代が、または、初代のお徳を受けられた先生の教えを受けた人達が、初代はかく言われた、初代はかく教えておられる、こういうこと。もう「親先生」ちゅうもんじゃけん、聞く者は、「はあっ」と言うて言うけれどね、これはあたし、売りものにしておるようなもんだと、あたし思うです。初代はこげん言いござった、こげん教えられたという、いうことは、初代を売りものにしておるようなもんだ。ね。
 だから、二代になると三代になると、段々ごひれいが落ちるのは、その通り、その証拠。初代を売りものにしておる。教祖様を売りものにしておる。教祖様はかく教えておられる。それじゃいかん。教祖様のみ教えをかく頂いた。親先生がこう教えられたことを、こう実行さして頂いたら、かくわたしはおかげを受けたということをです、ね、お話をするならば、お話しなければならない。
 これは、師匠のものじゃあない。自分自身のおかげを、話にして伝えていくんですから。もう自分のもの。神を売ることじゃあない。ねえ。
 おかげを受けるというが、どこまでも信心は本心の珠を磨くものであり、ね、信心はどこまでも、日々の改まりが第一じゃ、とこうおっしゃる。ね。本気で磨かせて頂く。本気で改まらせて頂く。改まらせて頂くことによって、ね、信心の、ね、信心の妙とでも申しましょうか。ね、信心の喜びを頂いていかなきゃならん。
 磨かせて頂くことによって、いよいよ、受けものを作っていかなければならない。
 そこにはね、神様が、願わんでも頼まんでも、おかげを下さる。おかげを下さる。そのおかげを頂きながら、信心修行に励ませて頂く。おかげ下さらなきゃ修行しません、いったようなことじゃないです。ね。
 けれども、金光様のご信心は、ここが、まあ、長所と言えば長所、短所といえば短所。信心の分からんでも願い出てくると、おかげを受けておる、という事実がある。ね。だからその、おかげおかげで、おかげを頂いたことで、もう嬉しゅうて楽しゅうて応えん。おかげ受けるもんじゃけん。それけん、もう覚えんごとなって、参る。おかげを頂く。ねえ。 夏の間はよかったけれども、今度は少し涼しくなってきた、寒くなってきたと言うことになって、おかげの方が引き締められるようになると、どっこい、力がないけん、いわばセミの末路のような結果になってしまわなきゃならん。影もほろけもないごたる信心がそこ、に、あるわけなんです。ね。
 あたくしどもの先輩がそういう尊い体験を通して、そのようなことをほんとに教えておって下さったんだから、わたくしどもはここにです、本気で信心の有り難さというものは、信心の苦労が有り難いということ、信心の修行が有り難いということ。改まらせて頂くということが、こんなにも有り難いものだと、磨かせて頂くということがこんなにも、とかしい(?)ことだと、一つ本気でそこを分からせて頂いて、おかげを頂かなければいけない。
 昨日は日曜でしたから、竹葉会でございました。ええ、竹葉会、ご無礼、特別奉修委員の方達の特別祈念がございました。御祈念が終った後で、皆さんと一緒に御祈念をさせて頂いた。その前に、久富繁雄さんが、お届けをなさる。昨日から、いさむが手足が痛くて、弟さんのことです、そして、休んどるそうでございますから、おかげを頂くようにということであった。わたくしはそれを聞いた時にですね、いさむさんという人は、もう、ほんとに幸せな人だと、どこまで神様に愛されておられる人であろうかと、あたしは、思うた。ね。それは、こういうことなんです。
 私そのことを神様にお届けさせて頂いておりましたら、頂く事がね、こういうふうなものを頂くんです。
 むすびのし、ちゅうのがありましょうが。ね。まだこっちがこう長い。こう結んであるこっちが、こう、長い。むすびのし、ちゅう。ね。そのむすびのしを頂くんですよ。ね。 例えば、お互いここで信心のけいこをさせて頂いとる者は、まずはじめに、ここで初歩の時分に聞かせてもらうのは、とにかく親先生の言いなさる通りにしときゃよか、て。もう、親先生任せになることから。その為には、素直になれ、素直になれと言うて、まあ、教えられよる。ね。それはもう素直にならにゃしょうなかっちゃもん、たいへんな問題持って来とるでしょうが。だから、願うてきたら、右向くほかしょうないとじゃもん、実際は。そりゃもう、左がよかよ、ちゅうたら、もう、左にするよりほかない、迷いに迷うて参って来るんだもん。
 そして、おかげを頂くと、もう親先生任せになっておきさえすれば、おかげを頂く、と皆が言うわけ。ね。けれどもさあ、その親先生任せが、段々いわゆる、むつかしさがついてくる。あしたは、久富さん、どこどこの信心共励会がありますよ。ち。ああ、明日はとりあげでございますけん、ご無礼いたします、と言われん。はい、ち、やっぱり言わないかんもん、おかげ頂いとるもん、昔。ね。
 親先生任せになっておかげを頂いとるもんじゃけん、自分の都合のよか時ばっかり、親先生任せはいかんて教えられとるもんじゃから、「はあ、そんならおかげ頂きます」ち、言うわけ、いかなんから。ね。
 素直さも、その素直ということもそういうことになってくると、少しむつかしなってくる。そこで正義さんじゃなかばってん、親先生の言われる通りには、そんなわけにはいきませんということになる。あたし、でもね、こういう、職がある。仕事がある。家内子供をようしておる。そう、親先生のおっしゃる、そりゃ徳受けることかもしれんばってん、そげなわけにはいきませんというので、先生の話がむつかしくなってきた。ね。
 ねえ。ところがねえ、やっぱりそこを分からにゃあいかんと、分かったのが、初めて昨日である。正義さん。信心の苦労ということは、そういうことなんだ。朝参りも苦労であろう。ねえ。様々な修行を思い立たせて頂くことも、やはり苦労であろうけれども、やはり、ねえ、なぜ苦労しなければならんかと言うと、苦労しなければならんかといことは、やはり、力を受ける、お徳を受けるということなんだから、おかげを受ける。ね。そんためには、やはり信心の苦労がいる。場合には泣く泣くでも辛抱せにゃならんことがある。ね。
 そこで皆さんが一応思う事は、親先生任せにさえなっときゃよいという、おかげの有り難さと、この親先生任せになるということが、どのようにまた、むつかしいことかということが、段々分かってくる。だからこの難しい事が分かってくるところから、このむつかしいことを大事にしなければいけんのだ。そこんところが分かっておるというのがです、ね、親先生ま、いよいよん時には親先生任せになりさえすりゃよいけんというのは、こういうあたしは、むすびのしのようなものだと、こう、神様に、自分の一切をのしをかけておるようなもんじゃ。自分の自由は許されんのだ。はあ、回れ右とおっしゃったら、回れ右せにゃならん。まあだ向こうに、あたしゃ用事がありますちゅうたっちゃ、回れ右せんならん。ね。
 これはのしをつけておる。そこまで分かっておるけれども、なにかの機会にこれがやっぱ、こんなむすびのしじゃけん、ぽろっとほどけてしまう、ち。ね。
 昨日から一昨日にかけての信心実習会というのは、いわゆるここの中堅の方達、菊栄会の方達が中心になる、その方達が行った。もう言うならば、大和さんとか久富さんなんかは、もう福岡あたりの共励会であろうが、欠かされたことなかった。そういう言わば役の上にもおかげ受けておられるから。ね。もうそりゃそうして、ほんとに神様任せになることの方がほんとだと、分かっておられるけれども、あたくしはそれをお取次させてもらいよったら、この結びのしを頂いたという、いよいよん時になってくると、そこにいろんな自分の、ね、口実というものがついて、これが、解けてしまう、ちゅう。ねえ。
 そこでです、もうおまえや、何べん言や分かるか、というのが、なら、いさむさんが行っておられなかったら、ちょうど皆が、あちらで信心の共励を受けてお話を頂いて、有り難い有り難いと言うておる時に、いさむさんな、ああ痛い、(???)で、寝てござる。こげな馬鹿らしい話はないでしょうが、理屈を言うたら。けれどもあたくしは、いさむさんは素晴らしいなあ。いさむさんは神様から、どの、たいへんな、いうならば、愛情をもってお育てを頂いておられる方だなあということをです、教えられておられる人だというふうに、思いました。ねえ。
 だからあたくしは、信心の苦労ということは、お参りもだ。ね。けどもそのお参りということ。そう言えば、あたくしの方の、長女が、昨日晩の(?)お届けに出て参りました。今度ご本部の方へ縁についてまいりますから、もうあちらではおそらく、生涯、朝の御祈念、いわゆる、金光様の御結界を毎朝拝みにいかなきゃならんだろう。そういう家庭に行くのですから。それには、どうでも朝参りということを身につけておかなければ、あちらで自分が苦労するだけのことなんだ。だから明日からどうぞ朝のお参りができますようにというお届けをしておる。それが身に付いてしまうまで、もうそれを苦労と感じないまでに、もう朝参りは当たり前ということになるまで。ね。
 ですからね、その、朝参りはもう当たり前になるくらいの信心さして頂くと同時に、今日あたくしが申しました、信心の苦労、言うなら、せっかく神様の前にのしをつけておるならば、これを一つ、から結びにしたようなのしでなからにゃ、いかんということ。あたくしの都合なんか言うちゃおられん信心。それを、思い込ませて頂いたらです、もうあたしゃそうするんだと決めたらです、ね、けしてむつかしいことじゃあない。ね。
 ね、それでもまだ心もとないなら、わたくしは、神様、親先生任せになって神様の方向いとりますけれども、こちらには、こういうたいへんな問題を残していきよりますから、どうぞおかげを頂きますように、とお願いしていったらいいじゃない。そこには、神様の顔もたちゃあ、こちらも立ち行くというだけの体験も、そこから生まれてくる。問題はそこに腹を決める。信心は苦労なりということを腹を決めるということなんです。
 ね。そこからね、力が頂かれる。それこそ、ね、あの、すがりじゃない、アリじゃないけれども、暑いけれどもせっせとあの、ものを運んでおります。そして寒くなってくる、時のためにそれを、たくさんの食糧をためておくように、ね。
 あたくしどもこれはね、まあいうなら、あの世と思う。あの世で苦労せんですむために、本気でこの世では苦労すると、ね、苦労の、いわば修行が火の玉のようになっておる、ような一生を送りたい。
 そういうところからです、神様の方が今度は反対に、おのしをつけて下さるようなおかげが、生まれてくるのでございます。あたくしどもが、本気でから結びののしをかけますと、神様が願いもせんのに頼みもせんのに、このようなおかげが受けられておるのです。頼んどらんとですよ。米がありませんから、炭がありませんから、と言うてです、あたくしどもこの藤井先生じゃないですけれども、ね、もう、与えられんなら食べんぞ、という苦労もあえて心の中に決め込んでおる、しまった。ね。そしたら神様は、ね、それこそ願わんでも頼まんでも、神様の方はのしをつけて下さるようなおかげをもって、本当のお道でいう信心のおかげということが、言えるのです。
 願わんでも頼まんでも、神様がのしをつけて下さるおかげなんです。それをまるきり、引きたくるようにして頂くおかげ、どうでもこうでもと、拝み倒してから頂くおかげではいけない。それにはまずあたくしども信心の、信心は苦労なりということをね、本気で一つ分からせて頂く信心。ね。
 それはあたくしは今日は、その信心の心をです、親先生任せになるというならば、ね、どのような場合でも任せられる信心になりなさい。今日はちょっと先生、都合がございますけんでと言わずに。ね。そこんところがむずかしいと、こう言うのである。
 ところが、ほんとに分かったら、ね、むつかしいことじゃあない。それが信心だと分かったら、もうそれは楽なことなんだ、と。そこに神様へのしを付ける信心がでけた。だから、神様がまた、あたくしどもへ、のしをつけて下さるようなおかげが頂けてくる。それをお徳というのであります。ね。それを力というのです。それが光なんです。ね。
 どげん朝参り夜参りさせて頂いとっても、おかげ頂くけんて、もう、御理解、御利益の、その、楽しさで参ってくるのはね、それが今度は段々秋風が吹き初めてくるようになるとです、いよいよ信心が厳しいものになり、辛いものになる、苦しいものになる。ね。
 そして、セミの末路にも似たような、信心の生涯を終ってしまわなければならない。ね、信心の年を拾わせて頂くに従って、心の中に感じる、有り難いというものが、段々強うなっていく。ね。
 身体は年よっていきますけれども、心の方は生き生きとした有り難いというもので躍動してくるようになる。ね。そういうひとつおかげを頂かせて頂こうじゃないですか、お互い。ね。
 セミのような信心じゃだめです。ね。アリのような信心をさせて頂いて、本気でどんな場合でも、神様の前にはね、本気で素直にならせて頂く苦労をね、本気で一つ、そうなろうと決め込ませて頂いたら、決してむつかしいことじゃありません。遠なりましたけんで、ええ、時間がございませんけんで、そげなことじゃない。かえって近いところよか遠かつところの方が、ようお参りができる。その気になったら。楽しい。信心というのは。そこに、信心の不思議さもまたあると、あたくしは思うのです。どうぞ。      (翠)